「子どもを愛しましょう」だけでは不十分なこともあります
人間は本当に興味深い生き物です―私は心理士だからそう思うのかもしれません。ですから、Triple Pとは何なのか、わかっていただけない人や、Triple Pのようなプログラムの必要性に疑問を持つ人がいることは、イラッとしますし、また残念ですが、そういう人たちがいても驚くことはありません。
子育てにおいて、何が効果があって何が効果がないのか、知りたいと思う方が多い(ほとんどの人が関心があるでしょう)一方で、子育てに関する研究を馬鹿にしたり、必要ないと言ったりする人がいることも事実です。また、勘ではなくしっかりしたエビデンスに基づくプログラムであっても、ただ試行錯誤しながらうまくいくことを願うだけのやり方とそれほど結果は変わらない、というアイデアが世の中にあることも事実です。子育てプログラムは「悪い親」のためのプログラムだ、と考えている人がいることも忘れてはいけません。
一例を挙げましょう。先日、Triple Pの親向けブログにこのようなコメントを書いた方がいらっしゃいました―「子育てのうんちくは子どもには必要ない―子どもに必要なのは、親の愛情だけだ」
細かいことは抜きにして大事なことに集中したいという願望は私も理解できます。ほんの30分ぐらいでウェブサイトが作られて、そこに誰でもエキスパートとして意見を投稿することができる世の中ですから、「子育てのうんちく」に圧倒されることがあるのもうなずけます。親・保護者と子どもの間に、愛情のある、あたたかい、安心できる関係があることは、子育ての他の要素の基盤となる大事な要素であることについても同感です。
親に必要なのはスローガンだけではありません
ですが、無視できない問題、シンプルな「答え」を親に提供するだけでは解決できない問題もあるのが実情です。子ども自身や他人に危害を加えるような行動をとる子どももいます。家族が専門家の支援を必要とするような深刻な問題を抱える子どももいるのです。
どの子どもが深刻な行動の問題を抱えることになるかは誰にもわかりません。「ひとり親の子どもだから」「貧しい家庭の子どもだから」「○○の部類の家庭の子どもだから」のように言う方もいますが、ここでデータを見てみましょう:低所得層の家庭の子どもの3分の1以上が深刻な行動の問題を発症している一方で、深刻な行動の問題を抱える子ども全体に占める低所得層の家庭の子どもの割合はたったの16%です。言い換えれば、深刻な行動の問題を抱える子どもの大多数、84%は中所得層・高所得層の家庭の子どもなのです(Every Parent プロジェクトの一環で3,000人のオーストラリア在住の親に行われた調査からのデータです)。
では、子どもを愛する親は、このような問題にどう対応すればよいのでしょう?子育て支援のメリットを受けていない一般の親は、よく起こりがちな子育ての罠に陥ってしまうでしょう。怒鳴ったり、厳しいしつけをしたりして、罰を与えようとするでしょう。それに子どもが反応して状況がエスカレートします。親は子どものよくない行動がもっと目につきます。このようなサイクルが続いてしまいます。既にストレスを抱えていてどうすればよいのかわからない状態で、明確な計画や目的がないまま、いつもと違うやり方を1つか2つ試すこともあるでしょう。衝突の繰り返し、一貫性のなさ、効果のある方法やその実践のしかたについての知識不足は、失敗を招きます。
このような親は、子どもへの「愛情」が足りないのでしょうか?「悪い親」なのでしょうか?対応が難しい子どもの行動は、親が何か悪いことをした「ツケ」なのでしょうか?そんなことはありません!子どもの特定の問題に直面しているのであって、それに親が対応するには特定のスキルが必要なのです。糖尿病、ぜんそく、深刻なアレルギーを患う子どもの親が、子どもの様子を観察して症状に対応する方法を学ぶ必要があるのと同じことです。
特定の子育てスキルを学ぶことは、本当に役に立つのでしょうか?役に立ちます。3歳時に反抗的・挑戦的な行動(例:攻撃的な行動やかんしゃくを頻繁に起こすなど)を示している子どもは、以下のリスクが高いと言われています:
- 学習困難・成績不振
- 学校からの早期離脱(自発的に、または停学・退学のため)
- 薬物使用・乱用
- 早期の性体験(18歳以下の妊娠も含む)
- 飲酒運転による起訴またはその他の理由での起訴
- 就労を維持する困難
- 凶暴な犯罪の被害者または加害者になる
このようなリスクは、個人とその家族が大きな代償を払うことになるだけでなく、社会全体にとっても大きなコストです。
ですが、親が必要なスキル(例:前もって計画して、子どもの行動に一定の方法で対応する)を身につけると、対応が難しい子どもの行動が起こるレベルが低くなります。これは、子育てプログラムに関する大規模なメタアナリシス数件で示されています。例えば、こちらの研究やこちらの研究、我々自身によるこの研究などがあります。このようなプログラムは、家族関係を親密にしたり、親のストレスや気分の落ち込みを軽減したり、子どもが自分の可能性を最大限に引き出したりすることにも役に立ちます。
「でも、本当にプログラムが必要な人だけ助ければいいでしょう?」
1-2の問題について少しの支援だけが必要な家庭もあるでしょう。ちゃんと子育てしていることを確認できればよいだけの親もいるでしょう。多くの複雑な問題を抱えて、より支援を必要としている家庭もあるでしょう。そして、支援のニーズは、状況の変化、子どもの年齢や発達段階により変化します。確実にわかっていることの一つは、問題を抱える家庭に支援の手を伸ばす最善の方法は、みんなに支援を提供することだということです。そして(必要に応じて促しながら)親に自分に合った支援を選んでもらうことです。
これは、子どもが深刻な問題を抱える親だけについて言っているわけではありません。子どもやティーンエージャーが自分の感情や行動を自分で調整するように教えることについての研究がこれまで多く行われています。自分の感情や行動を自分で調整することは誰にとっても大切です。大人にとっても大切です。自己調整能力は、以下のようなことができることを意味するからです:
- 感情を爆発させたり感情に圧倒されたりすることなく、強い感情に対応する
- 衝動や強い欲求を後回しにする(正しいことをすることによる長期的なメリットと不適切なことをすることによる短期的なメリットを考慮する)
- 集中する、計画を立てる、記憶する、物事を整理する、理由づけをする、情報や過去の経験を基にして問題を解決する、などの脳機能を使う
ある研究によると、未就学児のときの子どもの自己コントロールのレベルが、その子どもの30年後の健康、経済状況、反社会性を予測できたそうです!この結果は、子どもの親の教育レベルや家庭の社会的経済的困難などの要素を考慮したうえでの結果です。
自己調整や衝動のコントロールの欠如により子どもが経験する長期的な悪影響を避けるために、子育てプログラムは親が子どもに行動や感情の自己コントロールを教える手助けをすることで重要な役割を担います。様々な方法をとおして、親は子どもにこのような自己コントロールを教えることができます―健全で安心できる愛着関係を築く、ことばのスキル、社交的・感情的スキル、問題解決のスキルなどを子どもが身につける手助けをする、失望、イライラ、怒り、攻撃性などの激しい感情に対処する方法を子どもに教える、などの方法です。
「研究はあまり気にしません」
研究結果に納得しない人がいるのも現実です。途方に暮れていたけれど最終的に効果的なテクニックや方法を見つけた親に会えば、そのような人たちも考えを変えるかもしれません。または効果のないプログラムの失敗を経験することで見方が変わるかも知れません。または、効果があると実証されたテクニックを使うことでどのような成果が得られるか、実際に見た専門家のみなさんの話を聞くことで考えが変わるかもしれません。
例として、あるTriple Pプロバイダーさんのコメントを紹介します:「大変だったことが対応できることに変化していくのを目の当たりにします...その変化がとてもすばらしいのです。空気で感じることができます...『私が変化をもたらすことができる―変化をもたらして、子どもと家庭をエンジョイすることができるんだ』と保護者の皆さんが気づく瞬間はワクワクすることでしょう」
どんなふうに保護者の皆さんの人生が変わったか、このような体験談のおかげで、私は30年以上もこの子育て支援の仕事を継続することができているのです。
本当に大切なことは
批判する人々はいつもいるでしょう―ただ単に批判的な性格なのかもしれません。ですが、私も、Triple Pを様々なご家庭に届けている何千ものプロバイダーの皆さんも、何もしないでいることが子育てに対する答えだとは思っていません。課題の大きさも、そして対応策が存在するという事実も知っているからです。
ですから、これまで行ってきたことを私たちは続けていきます―保護者の皆さんを、すべての保護者の皆さんを手助けする最も効果的な方法を研究し、向上していきます。
幸いなことに、大多数の人々が、このような活動に尽力することの価値や重要性を理解してくださっています。